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企画展「小泉八雲」 『東の国から』のお話

2020年10月28日   企画展「小泉八雲」

こんにちは、明星ギャラリー学芸員のHです。
今回も企画展「小泉八雲」をご紹介します。

『東の国から』は来日目2作目となる本です。
松江の次に移住した九州の熊本での見聞や随筆などがまとめられています。
しかし、前作の『知られぬ日本の面影』とは異なり、
紀行の部分よりも再話や随想の部分が多く占めています。

 


『東の国から』(1895年)

八雲は、日本研究家で東京帝国大学で教鞭を取っていたチェンバレンからの紹介で
熊本に赴任しました。
赴任先は本人の希望で熊本を指定したわけではありませんが、
松江よりも冬は暖かいこと、そして教師としての年俸もアップすることから
八雲自身も期待はあったのかもしれません。
古き良き日本がまだ色濃く残っていた松江と異なり、
西南戦争以降近代化された熊本の都市、
そしていわゆる「九州かたぎ」、質実剛健な気質の人びとを目の当たりにし、
八雲は戸惑いを覚えます。

 「いったい、九州という土地は、こんにちでも、いまだに昔ながらに、
  日本の国のうちでも一番保守的な地域になっている。
  わけても、そこの重要都市である熊本は、
  保守的精神の中心地になっている観がある。」
  (小泉八雲『東の国から・心』平井呈一訳、恒文社、1990年第二版、p.35)

教鞭を取っていた熊本の第五高等学校(熊本大学の前身校)の学生たちに対しては、
作中でこのように述べています。
 「まあ、早くいえば、東洋流の意味でいう豪傑肌、
  そんな意味あいのところが、かれらには多分ある。
  (中略)このついぞニコリとも笑ったことのない、
  泰然自若、どこ吹く風といったかれらの平静さの下には、
  いったいどんな感情、どんな情操、どんな理想が
  かくされているのだろうと思って、
  わたくしはずいぶん長いこと、ふしぎに思っていたのであるが、
  けっきょくそれは、とうとうわからずじまいであった」
  
(同書、pp.38-39)
松江の学生とは、お互いの家を訪問するなど親密な関係を築けましたが、
熊本では「ああした師弟のあいだの、こまやかな愛情あふれた親密な間柄などは、
ここでは、薬にしたくも見られないのである。」(同書、p.39)
と、先生と学生の形式的な関係であるという印象を受けたようです。

しかし、このことは日本を理想郷として賞賛するのではなく、
ありのままの日本と日本人の姿を見つめることにつながりました。
結果として、後の著作にて様ざまな主題に向かっていったのです。

 


『東の国から』扉ページ
作者名の下には「西と東が離れているほど遠く―」と
書かれています。
(訳は同書、扉ページより)

 

尚、九州では熊本にある八雲旧居をはじめ、
八雲が訪れ作品に描いた場所や建物が今でも残されています。
八雲作品を読みながら、九州各地の八雲ゆかりの地をチェックしてみるのも
面白いかもしれません。

 


展示室内風景。
『東の国から』の近くには八雲ゆかりの地のパネルや
年表を展示しています。
展示ケース上のろくろ首のイラストにもご注目ください。

 

(明星ギャラリー・H)

 

※新型コロナウイルス感染拡大防止のため、企画展「小泉八雲」については、
休止しております。
再開する際には、図書館オリジナルサイトにてお知らせします。

※展示品はページ替えを行っております。
時期により、本ブログにて紹介しているページと
異なるページを展示している場合があります。

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